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東京簡易裁判所 昭和34年(ト)363号 決定 1959年10月23日

債権者 山田貞一 外九名

債務者 通商産業省本省資金前渡官吏 鴻巣光男

訴訟代理人 武藤英一

主文

本件申請は、却下する。

訴訟費用は、債権者等の負担とする。

理由

(債権者等の主張)

債権者等訴訟代理人は、「債務者は、債権者等が毎月俸給支払日に債務者から支払をうけるべき別紙目録(二)俸給欄記載の俸給から、同目録控除額欄記載の金額を仮りに控除してはならない。」との裁判を求め、その理由として、次のとおり主張した。

一、債権者等は、いずれも通商産業省の本省各局に勤務する職員であつて、通商産業省共済組合員であり、毎月俸給支払日に、右組合に対し、掛金支払債務を負担しているものである。

二、債務者は、通商産業省支出官のもとにおいて、国家公務員共済組合法第百一条第一項にいう給与支給機関の地位にあり毎月俸給支払日に、債権者等の給与から、掛金相当額を控除して、これを組合員に代つて組合に払込まなければならないものである。

三、昭和三十四年五月十五日、法律第百六十三号「国家公務員共済組合法等の一部を改正する法律」が公布施行され、同年十月一日から、債権者等は、あらたに長期給付に関する規定の適用をうけ、長期掛金を支払うことになつたのである。

四、しかしながら、その掛金率の決定については、前記通商産業省共済組合は、国家公務員共済組合法第六条第一項第六号第二項第九条第十条によつて、定款の変更を必要とし、そのためには運営審議会の議を経て、大蔵大臣の認可を受けなければならないのに、債権者等の所属する通商産業省共済組合では未だ運営審議会さえも開かれず、定款の変更がない今日債権者等は右組合に対し、いまだ特定の掛金債務を負担する筋合は、なんら存在しない。

五、債務者は、同年十月三日付並びに同年十月六日付大蔵大臣の通商産業省共済組合代表者宛「国家公務員共済組合定款の変更について」「長期給付の掛金率の改訂について」と題する通達並びに通商産業大臣から部内の各長宛通ちよう等によつて、同年十月二十四日の俸給支給日において債権者等の十月分の給与から、俸給額の千分の四十四を控除する方針を決定している。なお、債務者は、右の大蔵大臣通達の外、さらに、同年十月十四日付官報告示の国家公務員共済組合連合会の定款変更をも根拠としている。

六、しかしながら、連合会の右定款変更は、国家公務員共済組合法第二十一条第二十四条の連合会の設立目的並びに定款規定事項から、本来掛金の決定については、連合会は、法律上許容されてはいないのである。しかるに、連合会は、一方的な法解釈のもとに、定款を変更し、別個の法人格である債権者等の所属する通商産業省共済組合にも定款変更を慫慂している。仮りに、連合会が、その変更を許されたとしても、連合会を構成する前記通商産業省共済組合は、連合会とは別人格であり、直接拘束できないことは勿論、ましてや債権者等に対しては、前述のように債権者等の所属する通商産業省共済組合の定款変更なくして、なんらの効力も生じない。よつて、債権者等は、なんらの掛金債務を債務者に対して負担しないのである。

七、債権者等は、債権者等を代表する通商産業省共済組合運営審議会委員等を通じて、前記俸給額の千分の四十四の掛金率の妥当性についても、今後十分に検討のうえ、その是正を要求すべく、目下研究中である。債権者等はいずれも俸給が低額であつて、生活は困窮しており、加えて法律上の根拠も定款の変更もなく、俸給手取額を削減されることは、その生活に影響されること極めて大であり、債権者等の耐えられるところではない。しかして、債権者等の俸給支払日は、毎月二十五日(同年十月に限り二十四日)であつて、その俸給額及び債務者側が控除しようとしている千分の四十四に該当する金額は、別紙目録(二)記載のとおりである。

八、よつて、債権者等は、近く債務者並びに前記通商産業省共済組合に対し、掛金債務不存在確認及び掛金控除禁止請求訴訟を提起する準備中であるが、俸給支払日が切迫しているから、とりあえず、本申請に及んだ次第である。

(当裁判所の判断)

一、債権者等の本件仮処分申請は、通商産業省本省資金前渡官吏の職にある鴻巣光男個人をその相手方とするものではなく国の機関である通商産業省本省資金前渡官吏を相手方とするものであることは、弁論の全趣旨に徴し明白であるが、右通商産業省本省資金前渡官吏は、単なる国の機関に過ぎず、独立の法人格を有しないから、行政事件訴訟特例法第三条に規定するような特別の定ある場合を除いては、原則として、本案訴訟の当事者能力を有しないものといわざるを得ない。

しかして、本件が、同条に規定するような特別の定ある場合に当らないことは、債権者等の主張によつて明らかであるから、本件においては、債務者は、その本案訴訟の当事者たるに価しないことも、また、明白であると断ぜざるを得ないのである。

二、ところで、債権者等は、本件仮処分においては、前記のように、本案訴訟の当事者たるに価しない債務者をその相手方として、仮処分の申請に及んだのであるが、このように、本案の当事者以外の第三者をその仮処分の当事者とすることは原則として、許されないものと解するのを相当とする。もつとも、争ある権利関係につき、仮の地位を定める仮処分においては、この仮処分が、強制執行の保全を目的とせず、権利または法律関係の暫定的規整をその目的とするところから、係争法律関係を規整する必要上、他に方法がない限り、本案訴訟の当事者でない第三者も、仮処分債務者として、その仮処分を甘受せざるを得ない場合がないとはいえないが、このような場合とは、本案訴訟の判決の既判力が、法律上この第三者にも及ぶ結果、第三者が、法律上他人の追行した訴訟における判決の効力を承認せざるを得ない地位に立つような場合をいうのであつて、このように、判決によつて、法律上直接に影響をうける場合を除いては、前記のように、本案訴訟の当事者以外の第三者をその仮処分の当事者とすることは、許されないものと解すべきである。しかして、本件が、これに該当するとは解せられないから、本件仮処分申請は、すでに、この点において不適法たるを免れない。

三、果して以上のとおりとすれば、本件仮処分申請は、その余の主張については、これを判断するまでもなく、許すべからざるものなることは、言をまたないところであるから、本件申請は、不適法として、これを却下し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条第九十三条第九十五条を各適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 天野正義)

(別紙)(二) 控除予定額目録<省略>

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